吉村昭

 もうお一方は、吉村昭さん。菊池寛賞をとった「戦艦武蔵」が有名。その作品のモチーフも「死」だった気がする。吉村さんは、膵臓癌の延命治療を拒否し、自宅療養中に「死ぬよ」と言い置いて、自分でカテーテルポートなどを抜いて「尊厳死」したといわれている。


亡き人の夢見卯の花くたしかな

卯の花くたしとは、白い卯の花をくたす(腐らせてしまう)ほどの長雨のこと。
夕焼けの空に釣られし子鯊(こはぜ)かな
冬帽の人は医者なり村の道
無人駅一時停車の花見かな
巻かれたるデモの旗ありビヤホール
 このほか、前に紹介した小学生の女の子の「天国は・・・」もいいが、大牧広さんという俳人の「籐椅子に・・」がいい。
 まだそのまま残っている真史の部屋に入ると、いつも座っていた椅子に真史のお尻のあとが残っている、いつも履いていたスリッパに足あとが残っている、どれも「いのちのくぼみ」がしかとあるのだ。そのほかにも彼が遺した小説やイラストもいのちを削って作った「いのちのくぼみ」だろう。

大切に残しておいてあげたい。。。


天国はもうすぐ秋ですかお父さん
 (塚原彩)
籐椅子にいのちのくぼみしかとあり  (大牧広)
死にたれば人きて大根煮たきはじむ  (下村槐太)
父母の亡き裏口開いて枯木山  (飯田龍太
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり  (久保田万太郎
子を殴ちしながき一瞬天の蝉  (秋本不死男)
咳をしても一人  (尾崎放哉)
いたわりの街風青し共に老い  (森村誠一
生も死もたつた一文字小鳥来る  (石寒太)
 
 夏目雅子さんのお母様が今年5月にお亡くなりになった。夏目雅子さんもお母様も大変無念でしょうが、彼女の遺志は確実に遺り、次の時代へと継承されている。
 久保田万太郎は、先妻が自死、一人息子にも先立たれ、晩年は愛人にも先立たれた。そのとき詠んだのが「湯豆腐や・・・」。たった一人で湯豆腐をつつきながら「いのちのはてのうすあかり」を見つめている姿は明日の自分の姿だ。

夏目雅子

 一人目。夏目雅子さん。今月の11日が忌日だった(この頃歌人俳人の忌日ばかり調べている気がする)。夏目雅子さんの俳号は「海童」、ひまわりが大好きだったといい、その遺志を継いで作られた基金も「夏目雅子ひまわり基金」という。癌治療で脱毛してしまった方にカツラを無償貸与する活動をしている。


間断の音なき空に星花火 
(遺句)   
結婚は夢の続きやひな祭り
時雨てよ足元が歪むほどに
ぬぐってもぬぐっても汗みどろ
水中花何想う水なのか
折れている月見草の花情人(いろ)変り
蟻ん子手の平にのせ我侘しむ
聖夜吉凶の星か兆の星か
屋台まで讃美歌きこゆ聖夜かな
野蒜(のびる)摘む老婆の爪のひび割れて
セーターの始めての赤灯に揺れて
夕暮れに芝焼き燃える天を見つ
梅酒たいらげ梅をかじって舌づつみ
寒空に赤い火は有り難い
ゴーゴーってる流氷の音床の中
叩いても叩いても咳(しはぶ)いて壊れた
 遺句にはエピソードが残っている。病室から神宮の花火をご主人と見ているのだけれども、感染防止のために密閉された病室であり、花火の音が聞こえない状況だったそうだ。亡くなる1ヶ月前のことで、星花火は夏目さんの造語。写真集の題名にもなっている。